備前焼とは|特徴・有名作家・歴史

茶道具
吉兆庵美術館ホームページより
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備前焼とは何か、特徴・有名作家・歴史を解説した記事です。

備前焼は、焼締であることや、茶褐色の肌、胡麻・桟切・火襷などの景色が特徴とする、岡山県備前市伊部地区周辺で焼かれる器のことです。

茶道の世界でも古くから愛されてきた焼き物で、千利休も備前焼の茶入や建水を使っていた記録が残っています。

そんな備前焼のことを一通りまとめてみました。
この記事に目を通していただくことで、どういった焼き物か一通り知っていただけるはずです。

それでは早速見ていきましょう!

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備前焼の特徴

備前焼の主な特徴は、「焼締」「茶褐色の地肌」「胡麻」「桟切」「火襷」です。

焼締(やきしめ)

釉薬を使わず高温で焼成した陶器のことを「焼締」といいます。

焼締の場合、器への装飾は釉薬を使わず、以下で説明するような、窯の中で起こる灰などを利用した、経験からの予測はありつつも自然に任せたものとなります。

備前焼は高温で約2週間焼成するため、しっかりと焼締められ、堅い器となります。

茶褐色の地肌

備前焼は茶褐色の地肌をしています。

備前焼では釉薬を使わないので、この地肌の色は土によって生み出されるのですが、土もとったそのままを使えば良いのではありません。

田んぼのそこの土「田土(ひよせ)」や山土・黒土を比率を工夫して混ぜ合わせたり、数年寝かせたりということがあって、良い色の備前焼が生まれるのです。

古備前水指「福の神」(安来市加納美術館ホームページより)

胡麻(ごま)

胡麻のような粒々がついていることをいいます。色は白・黄・青など様々です。

この胡麻は、窯での焼成中に燃料の松割木の灰の粒が舞い上がり、器に付着して、そのまま高熱により溶けてガラス化したものです。
(上の「福の神」水指にも表れています)

桟切(さんぎり)

黒色・灰青色の模様が浮かび上がっているのを「桟切」と呼びます。

焼成中、燃料の薪からできる灰が舞い上がり、窯の中に積もっていきます。

器のうち、その積もった灰で埋もれた部分は、酸素が届かず不完全燃焼となり、そうして焼かれた部分は黒や灰青色となるのです。

金重陶陽作備前花入れ(吉兆庵美術館ホームページより)

火襷(ひだすき)

器の肌に、赤・朱・茶色などの線が襷のようにかかったものを「火襷」といいます。

藁を巻いて焼成し、その巻かれた部分に「火襷」が表れます。

巻かれた藁の成分と、器の素地の成分が化学反応を起こして起こる現象です。

藤原啓作備前茶碗(吉兆庵美術館ホームページより)

備前焼の歴史

備前焼の歴史は古墳時代にまで遡り、古くからの「日本六古窯(にほんろっこよう)」と呼ばれています。

古墳時代、備前市南部・瀬戸市では須恵器の窯が点在していました。

時代が進んでも周辺に窯は移動しつつ、陶器の生産は行われ続け、12世紀に入ると現在の備前市伊部地区にも本格的に窯が作られ始めました。

伊部南大窯跡。大量の陶器の破片が落ちています

鎌倉時代後期には現在のような茶褐色の備前焼が焼かれるようになりました。当時は水瓶など実用的な生活品が主に作られていました。

室町時代から桃山時代にかけて、茶の湯の流行とともに茶道具の生産が行われ、人気を博しましたが、江戸時代にはその流行も収まり、元どおり水瓶などの生活品の生産が主となりました。

その後、昭和に入り、金重陶陽らが桃山時代への回帰を図り芸術性を高めることで、備前焼の人気を復興させることに成功しました。

備前市伊部地区の風景

現在においても、芸術性の高い備前焼が多く生み出され、茶道具など茶人たちにも愛されています。

千利休が使った備前焼の茶道具

備前焼は早くから茶の湯の世界にも取り入れられていて、千利休も茶道具として使っていました。

まず、愛用していたと言えるほど頻繁に使っていたのが、備前焼の建水です。

もう一つ記録に残っているのは、備前焼の茶入「布袋」です。これは現存していて、表千家不審庵が所持しています。

侘びた備前の茶入に袋ばかり立派なもの、ということで「布袋」という名が付けられたという逸話があります。

備前焼の有名作家

備前焼の歴代の有名作家を3人ご紹介いたします。

金重陶陽

かねしげとうよう。1896年〜1967年。

古備前を研究、復活させ、茶道具など芸術性の高い備前焼を製作しました。

自らが優れた陶芸家というだけでなく、弟子も多く育て、備前焼の復興に多大な貢献をしました。

備前焼の陶工として初の人間国宝に選ばれました。

金重陶陽作備前花入れ(吉兆庵美術館ホームページより)

藤原啓

ふじわらけい。1899年〜1983年。

文学を志すが断念し、40歳から陶芸を始める。後に金重陶陽の指導も受け、古備前の技術を継承。

古備前の技術を基本としながら、窯の中での自然な変容に任せた、素朴な作風が新しく、後進に大きな影響を与えました。

1970年、人間国宝に認定されました。長男の藤原雄も人間国宝に認定されました。

藤原啓作備前花入れ(安来市加納美術館ホームページより)

伊勢崎淳

いせざきじゅん。1936年〜。

陶芸家伊勢崎陽山の子として生まれ、兄・満とともに中世の半地下式穴窯を復元し、作陶を重ねる。

海外での展覧会への出品も重ね、活躍。2004年に人間国宝に認定されました。

まとめ

ということで、備前焼についてまとめますと以下のようになります。

備前焼の主な特徴は、「焼締」「茶褐色の地肌」「胡麻」「桟切」「火襷」

備前焼は長い歴史を持ち、「日本六古窯(にほんろっこよう)」の一つに数えられている

代表する作家は、金重陶陽、藤原啓、伊勢崎淳など。

以上です!

この記事が、備前焼について調べている皆様のお役に立ったならば、嬉しく思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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