「一期一会」の意味・解釈|原典から解説

掛軸の禅語
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『mame-sadou.com』にようこそ、表千家流の茶道講師・やましたです!

「一期一会」の意味・解釈を、由来から解説した記事です。

茶道の世界で生まれた言葉で、この四字の言葉の原典は、江戸時代の大老で茶人としても高名な、井伊直弼の著作『茶湯一会集』にあります。

「一期一会」の言葉が伝える精神の由来は、千利休の茶の湯にまで遡るので、茶道をする者には非常に重要な言葉です。

この記事を読み終えることで、そんな一期一会とは何か、本当の意味について知っていただけるはずです!

それでは早速見ていきましょう

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一期一会の意味

「一期一会」の意味について、それぞれの語の解釈は以下のようになります。

一期=一生

一会=一度のお茶会

ですので、「一期一会」をそのまま訳すと、「一生に一度のお茶会」となるのですが、後で述べる由来の意味も踏まえ

「一期一会」の意味合いとしては

「目の前のお茶会を、一生に一度のお茶会として臨むこと」

を指す言葉になります

「一期一会」の原典

「一期一会」のこの四字自体は、井伊直弼いいなおすけが記した『茶湯一会集ちゃのゆいちえしゅう(1858年)が初出です

井伊直弼(1815ー1860)といえば、江戸時代末の大老として日本の開国を断行し、反対勢力を安政の大獄で粛清した後、桜田門外の変で暗殺した人物として広く知られていますが

茶道にも精通し、石州流の茶道を学び、その上に自ら研究も重ね、彼の茶の湯は、お茶の世界での呼び名・宗観をとって、「宗観流」と呼ばれるものとなるほどでした

『茶湯一会集』における「一期一会」の説明

「一期一会」の語は、『茶湯一会集』(1858年)の冒頭に出てきます

そもそも、茶湯の交会は、一期一会といいて、たとえば幾度おなじ主客交会するとも、今日の会にふたたびかえらざる事を思えば、実に我一世一度の会なり

井伊直弼『茶湯一会集』

茶の湯の世界の付き合いに関しては、「一期一会」という概念がいわれます

何度同じ主客でお茶会を行ったとしても、今日のお茶会にまたかえる事ができない事を考えれば、まさにその一度のお茶会は、一生に一度のお茶会です

これに続いて

ですから、主人は万事に心を配り、少しも粗相のないように心を尽くすし、客もまた、亭主の趣向、何一つおろそかでない事に感心し、心から交わるものである

こう言っています

現代の茶道の精神にも通じる精神ですね

また、ここからは、「一期一会」の概念が、このころの茶道の世界で非常に大切にされていた事もわかります

では、「一期一会」の概念が茶道の世界でいわれだしたのは、いつからか?

これは、少なくとも、『茶湯一会集』が書かれた時から250年以上、千利休の頃まで遡ります

「一期一会」の由来

「一期一会」の由来である、この言葉に関する千利休の考えを以下で説明しています

利休の高弟・山上宗二による記述

千利休の高弟・山上宗二(1544-1590)が記した『山上宗二記』に以下のような記述があります

客の事については、「一座建立」という概念がまずあるが、これは紹鷗が初心者のために提言した言葉であり、利休は嫌っている。

利休は、ふさわしい雑談を選び、亭主にも、一生(一期)に一度のお茶会(一会)と思い、心を傾ける事が大切である、と説いている。

山上宗二『山上宗二記』

利休は、「一座建立」の感覚は茶の湯から遠ざけるべきで、「一期一会」の精神が理想であるとしました

では、利休が批判した「一座建立」とはどういうものか?「一期一会」に何を託したのか?次に見ていきます

利休が「一期一会」に託したこと

利休が批判した一座建立のためのお茶会

「一座建立」の「座」とは、商売の組合のことを指します

ですから、「一座建立」というのは、元々の意味は「一つの商売を成り立たせる」ということになります

現在では「一座建立」はいい意味で捉えられているので、当時はこういう意味で使われていたのはビックリですね

利休主導より前の時代(紹鷗の頃)、豪商たちが茶の湯の世界に参入し、その中心にいました

自らを誇示するため、料理や茶室も豪華になっていきましたし、商売をうまく成立させる付き合い的な面もあったでしょう

そうなると、会話の内容も、政治や商売、噂話など、俗っぽい話が多くなります

こういったものが「一座建立」のお茶会です

利休が理想とした一期一会のお茶会

千利休はそうした「一座建立」の茶の湯を批判していました

そして、利休が理想としていたのは、「一期一会」の茶の湯でした

「一期一会」のお茶会とは

世俗の商売の成功のために、自分を誇示することもなく、損得が出るような俗っぽい会話も避けて

井伊直弼が記したように、主客がともに一生に一度のお茶会であることを思い、目の前のお茶会、相手に心を尽くす

そんなお茶会のことです

利休が理想とした「一期一会」の精神は、没後250年経って井伊直弼の時代に、そして現代まで確かに伝わっています

まとめ

ということで、「一期一会」についてまとめますと

「目の前のお茶会に、一生に一度のお茶会と思い臨むこと」を指す言葉

「一期一会」の四字は、井伊直弼著『茶湯一会集』が初出

「一期一会」の精神は最初、千利休が茶道のあるべき姿として提唱した

「一期一会」は、千利休が茶道における理想的な精神として提唱し、没後250年後の井伊直弼、そして現代にと、確かに伝わってきました

茶道をするものとして、大切にしていきたい言葉です

以上です

この記事が、「一期一会」について調べているみなさまの、お役に立ったならば嬉しいです

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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