【禅語】「冬嶺秀弧松」の意味・解釈|原典の漢詩から解説

掛軸の禅語
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禅語「冬嶺秀孤松」の意味・解釈を、原典から解説した記事です。

この言葉の原典は、陶淵明作とされる漢詩です

冬になると、茶の湯の世界で掛軸として掛けられることが多い言葉なので、茶道をしている方には馴染み深い禅語ではないでしょうか。

この記事を読むことで、そんな禅語・冬嶺秀孤松とは何か、原典の漢詩から日本語訳、意味の取り方・解釈まで、一通り知っていただけるはずです!

それでは早速見てきましょう!

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「冬嶺秀弧松」の日本語訳

「冬嶺秀弧松」を書き下し文にすると、冬嶺、弧松を秀づ」となります

「冬嶺」=冬の嶺

「秀」=秀でている・際立っている

「弧松」=一本の松

ですので、「冬嶺秀弧松」を日本語訳すると

「冬は、嶺に独り立つ松の姿が際立つ」

となります

「冬嶺秀弧松」の原典

」の原典は、陶淵明作といわれる『四時歌』と呼ばれる漢詩です

「四時」とは「四季」の事で、春夏秋冬を五語四句に描いています

春水満四澤
夏雲多奇峰
秋月揚明輝
冬嶺秀孤松

春は雪解け水があちこちの沢を満たす
夏は多くの雲が奇妙な嶺に似た形を作る
秋は月が明るく輝き中天に揚がる
冬は嶺に独り立つ松の姿が際立つ

このうちの冬の部分が「冬嶺秀孤松」です

「冬嶺秀孤松」だけでなく、春・夏・秋についてもそれぞれ独立して、掛け軸にされていること・禅語として扱われることがよくあります

「冬嶺秀弧松」の意味

原典がこのように、春夏秋冬を歌った詩なので「冬嶺秀孤松」の禅語には、その五語の意味だけではなくて

その背後にある春・夏・秋、それらの季節・四季が巡って春がやってきた、というニュアンスが強く含まれます

ですので、「冬嶺秀孤松」の意味をとる時には、この季節が巡るというニュアンスを意識して

いろいろな物事に当てはめればよいと思います

禅語の解釈は、一人一人異なってよいものなので、みなさん思うことにぜひ当てはめて読んでみてください

例えばですが

「人生」について当てはめるなら

苦しい時・ツライ時があっても、それは季節が巡るようにいつか過ぎていく、と取れますし

「感情」について当てはめるなら

悲しみや怒りのような感情に襲われ苦しい時も、それも季節と同じでいつか過ぎて治まっていく、と取れます

Photo by Artiom Vallat on Unsplash

どちらにしても、春夏秋冬巡っていくことなので、人生なら人生、感情なら感情について

そのことについて「思いすぎず、手放すこと」を教えてくれるように感じられる禅語です

まとめ

ということで、「冬嶺秀孤松」についてまとめますと

日本語訳は冬は、嶺に独り立つ松の姿が際立つ

陶淵明作の四季を歌った漢詩『四時歌』が原典

何事についても季節と同じように巡っていくので、「思いすぎず手放すこと」を教えてくれる

意味としても気持ちをフッと楽にしてくれる禅語ですし、全体を通して読んだ時には、詩としても美しい禅語です

この記事が、「冬嶺秀孤松」について調べている方の、少しでもお役に立ったなら嬉しいです

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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